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きみがいない「東京」と、君がいる『東京』。(サニーデイ・サービス「桜 super love」に寄せて)

音楽

 昨年夏にリリースされたサニーデイ・サービスのアルバム、『DANCE TO YOU』。 一見、日常の中にゆったりと溶け込むポップな作品なのだが、音楽ジャーナリストの柴那典氏が「悪魔に憑かれた渾身ポップアルバム」と評したように、ポップさの中に祈りのような、呪いのような、狂気じみた圧を感じざるを得ない大傑作なのです。

DANCE TO YOU

DANCE TO YOU

 このアルバムからシングルカットされた「桜 super love」が3月15日にリリース。ジャケットのアートワークは岡崎京子。ラブリーサマーちゃんのリミックスが収録とカルチャーの濃度がすごい。

桜 super love

きみがいないことは きみがいることだなぁ
  サニーデイ・サービス - 「桜 super love」

 「きみが(そばに)いない」という事実や悲しい感情が反転して、「きみ」の存在を改めて認識する。認識論と二元論がそれぞれ呼応したレトリックにやられてしまっている。なんてパンチドランクなラブソングなんだろう。

「きみがいないこと」。「きみがいること」。

 この歌詞に思いをめぐらしているとどうしても、僕たちのマスターピースくるりの「東京」(1998年)を思い出してしまう。

さよならストレンジャー

東京の街に出てきました
相変わらず訳のわからないこと言ってます
恥ずかしい事ないように見えますか
駅でたまに昔の君が懐かしくなります
  <中略>
君がいない事 君と上手く話せない事
君が素敵だった事 忘れてしまった事
  <中略>
君がいるかな 君と上手く話せるかな
まぁいいか
でもすごくつらくなるんだろうな
君が素敵だった事 ちょっとおもいだしてみようかな
  くるり - 「東京」

 気だるげで物憂げなギターのバッキングで始まるこの曲。 くるり「東京」のAメロは誰かに語りかけるような文体で歌われる。「東京」の原題は「もしもし」。彼女を地元に置いて東京に出てきてしまった主人公が、元カノに電話しようとする曲なのだ。別れてしまった君に会えない。距離の問題もあるが電話もできないのだから気持ちの問題が大きいだろう。電話をしたらこんな事を話そう。でもやはり電話はできない。逡巡。 飲み物を買いに行くという理由をこじつけて君に電話しようとするのが僕の精一杯。

 「桜 super love」と同様に、「君がいない事」「君がいる事」と対照的な歌詞となっているが、1番の「君がいない事」は"今君がとなりにいない"事であり、2番のサビは"君が電話にでるかな"という意味。東京での生活に寂しくなり、皮肉にもすがる人が地元に置いてきた元彼女しかいない。「君と上手く話せるかな」。そんなの話せる訳がない。曲の最後は祈りのような、呪いのような「君がいるかな」、「君と上手く話せるかな」の連呼で終わる。

 ”桜”と”東京”と来たらこのアルバムが頭によぎる人は僕だけでないはずだ。

東京

そっちはどうだいうまくやってるかい
こっちはこうさどうにもならんよ
いまんとこはまぁそんな感じなんだ
君に会ったらどんなふうな話をしよう
そんなこと考えると楽しくなるんです
  サニーデイ・サービス - 「青春狂走曲(from『東京』)」

 くるりを引用した後だと"陽"のパワーに押しつぶされてしまいそうになる歌詞だ。
 「そっち」と「こっち」。「きみがいること」と「きみがいないこと」。遠くの人を想う曲という意味で、くるりの「東京」とサニーデイの「青春狂走曲」、そして「桜 super love」は同じ構成を持つ。が、それぞれのストーリー・バックグラウンドが全く違う。

 改めて「桜 super love」を聴いてみよう。

きみがいないことは きみがいることだなぁ
桜花びら舞い散れ あの人連れてこい
  サニーデイ・サービス - 「桜 super love」

 サニーデイ・サービスのアルバム『東京』のリリースは1996年。このアルバムから20年後の東京を描いたのが「桜 super love」に他ならないだろう。

“君がいた"、"君に会えた"、20年前の東京。
悲しみを積み重ね、享受して過ぎ去った20年後の東京。

きみがいない「東京」と、君がいる『東京』。そして、桜の咲いた春の東京。

 「桜super love」を通して「くるり」と「サニーデイ・サービス」が共鳴し、「20年前の東京」と「現在の東京」を接続しているのは、決して偶然ではない。そんなこと考えると楽しくなるんです。